アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生
アメリカ、世界で一番有名な女流カメラマンであるアニー・リーボヴィッツ。彼女にスポットをあてて作られたドキュメンタリー映画。
彼女の写真でおそらく一番有名なものであろう裸のジョン・レノンがオノ・ヨーコに抱きついた写真。この写真が撮られた数時間後にジョン・レノンが殺害されたのかと思うと、この一枚に写真の記録としての機能だけでなく、物語的なものを感じてしまう。
この作品の特徴は、何といっても彼女が撮影した写真の数々が惜しげもなく使われている点だろう。アニー・リーボヴィッツがその半生を語るものなだけあって、その量は圧巻だった。しかし、ただ映像の中で見せているだけではなく、きちんと構成されており、単なる成功談としてではなく、クオリティーの高い作品として見れた。
また、作中では彼女に写真を撮られた著名人が数多く出演しており、ほとんどがアメリカの顔ともいえるような人物ばかりだった。写真家のドキュメンタリーは今までに何本か見たことがあるが、それらは写真を撮る側からのアプローチやインタビューであったり、仕事仲間や批評家のインタビューといったものだった。そういった点でもこの映画を見た甲斐があった。
彼女を語る上ではやはり彼女が撮り続けてきたアメリカのセレブリティ(撮られる側)の話抜きでは成り立たないのだろう。それまでに彼女はアメリカ、世界各国の有名人を撮り続けており、彼女に写真を撮ってもらうことが一種のステイタスになっているようだった。
作中で彼女はインタビュアーに対し、仕事だけが私の生涯の友人になってしまった、と語るように現在でも彼女は撮り続けている。写真やファッションに関しては流行というものがあり、それでもなお彼女の作品がリスペクトされ続けているのは、彼女自身が撮影現場の舞台監督でもあるからだろう。
彼女の作品に挑む姿勢はとてもひたむきであり、衣装や装置、時にはとても大がかりな舞台装置として宮殿まで貸し切って撮影を行う。その姿勢が飽きられない、残り続ける写真へとつながっていくのだと感じた。
また、映像を見る前まではセレブ御用達の写真家としてのアニー・リーボヴィッツしか知らなかったのだが、彼女はもともと小型のカメラをぶら下げて現場へと入っていくカメラマンだった。ローリング・ストーンズへの密着取材や、内戦中のサラエボでの撮影などその中へと溶け込むようなスタイルの写真家でもある。
レンズを通してみた人生が彼女の人生であり、最愛の人や子供、家族、自分のすべてを撮影し続ける写真家のドキュメンタリー映画だった。
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敬愛なるベートーヴェン(2006)
師走の時期に耳にするベートーヴェンの交響曲第9番。なじみの深い作曲家だが、彼の曲は知っていてもどのような人物であったかまでは、私自身よくわからないでいた。確か音楽の授業のときに必ずその肖像画が教室に架かっており、学校の怪談では夜な夜な肖像画からベートーヴェンが抜け出し、ピアノを弾いているとか。そのような、くだらないことでしか彼のことを知らないでいた。
さて、映画の中ではベートーヴェン後期を代表する「交響曲第9番」を主題として進められ、その完成のために写譜師(コピイスト)として呼ばれたアンナ・ホルツという女性(架空の人物)とベートヴェンとの交流を描いたものとされている。
作曲家にとっては写譜師というのは重要な仕事の役割を持っており(初めて知った!)、どうやら作曲家が描いた譜面をパート別に読みやすく書き直すというのが仕事らしい。要するに仕事上の大事なパートナーであるのだが、ベートーヴェンとアンナは作中の中では、ベートーヴェンが難聴であるために、指揮をとれない彼をサポートするという面でもアンナは登場してくる。
劇中での、特に「交響曲第9番」での演出の仕方はただ音楽を聴かせるのではなく、指揮をするベートーヴェンをアンナがどんどん導いていく様子に引き込まれ、あの一番盛り上がるフレーズの前の緊張感はよくできていた。指揮が成功するのかどうかのあやうさがこちらまで伝わってくるようで、この場面が自分としては一番の見所だった。
エド・ハリスが演じるベートーヴェンはとても気難しく、時には汚らしい人物として演じられていたが、音楽に対する真摯さは本物であり、時折見せる奇行もすべては音楽に通じるものであった。また、彼の甥を溺愛するあまりに、彼自身を傷つけ、苦悩する面を持った人物であることがわかった。
こういった過去に存在した人物に焦点を当て作品を作るのは史実に忠実であることも必要だが、往々にして映画の中ではエンターテイメントとしてよりドラマティックに脚色する必要が出てくる。そこで、この映画ではアンナ・ホルツという人物が出てくるわけになる。あえて、この映画の蛇足な点を挙げれば、最終的に存在しないはずの人物に焦点が当たってしまい、ベートーヴェン自身があまり浮き彫りになっていなかった気がする。
もちろん、エンターテイメントでは正解なのかもしれないが、ベートーヴェンを知りたくて見たはずなのに...と少し思ってしまいました。
音楽の面ではおそらく使われている楽曲は一部を除きベートヴェン(たぶん、音楽に詳しくないので....orz)でめまぐるしく曲が変わっていくのが作中のベートーヴェンとアンナの感情表現を表すのによくマッチしていました。
最近のだめカンタービレにはまってしまったのでこういう感じはとても大好きです!
音楽映画としても観れる「敬愛なるベートーヴェン」でした。
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砂の女 著)安部公房
安部公房の代表的作品といわれる『砂の女』、冒頭部分のとっつきにくさからしばらく読むのをストップしていたが今回読了後に感じたのはこの作品は冒頭から中盤までを一気に読むべきだということ。
内容を簡略に説明すると、昆虫採集を趣味とする教師の主人公が休暇を利用し、砂丘に住むハンミョウを採りに出掛ける。その日の暮れに主人公は砂漠の集落の人間に寡婦が住む家に泊まることを勧められる。その集落にはある特徴があり、それは家々が砂漠に深い竪穴を堀りそこに家を建て暮らしていた。よって家から地表面に出るには梯子を用いなければならないのだが一晩経つと女の家からは梯子が消えてしまっていた。こうして始まった男と女の奇妙な同棲生活を描いたのが本作になる。
冒頭から中盤まで一気に読むべきなのは、集落の謎の提示が前半部分に多く散りばめられてある点。また男が何故女の家に取り残されてしまったのかが主人公と同じく私自身も混乱してしまったため、男が正気を幾分か取り戻す中盤まで読み進めないと、この作品に慣れることができないのだと思う。
この作品の中での大きな主題は常識からの一転した非日常に陥ったとき、まさに蟻地獄の罠にはまった男の様になった時に如何様にその状況を肯定していくかだと考える。
作品の中では家を囲む砂に対しての描写がこと細かく描かれている。それは砂は極めて水のような流動性を持ち、尚且つ人間一人には到底抗えないものである。そのために最初、自身を地表面の世界へと戻してもらおうと砂との共生を村人に訴えていた。砂を利用するという考えを持っていた男だったが、その考えは非日常である砂の中での生活を通し緩やかに崩れていく。まさに非日常が日常へとシフトしていく、この場所から逃げ出したいという思いも砂のように流れ去っていく、その様を見せつけられているようだった。
また、作中での女との生活はやはり女と男がいればラブになるという簡単なものではない。女も村人たちと共犯であり、なおかつ女と住まわせるということはその女に手を出してしまえばまんまと策略に溺れてしまう。また男自身の日常での性生活に対してのある意味俯瞰的な考えと情欲との間の感情がいつ決壊してしまうのか、どぎまぎしながら読み進めた。時期は夏であるために砂と汗にまみれた女の肢体の様子などエロティックであり、私はもうやられちゃいました、男って奴ぁーーもう orz
村人達の村落への異常な「郷土愛」もこの作品を彩るものだろう。村人は労働力が欲しいがためにその地を訪れたものを罠にかけ砂の穴へと住まわせる。エグイのはその穴の中に女を用意し、また歯向かう者は水の供給を断つという非情さを持つ。その不条理さ最初から最後まで読む者に恐怖を感じさせ、ホラー小説でも読んでしまったかのような気にもなる。
多少、とっつきにくい文体ではあるがいろいろな面から読み解くことができる小説でもあるので未読の方には是非お勧めしたい。
- 作者: 安部公房
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/03
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摩天楼の怪人 著)島田荘司
今日は電車に揺られながらこの本を読了しました。毎度のことながら島田荘司さんの作品を読むときは体力を要する気がする。そんなわけで今日はこの本『摩天楼の怪人』です。
舞台はニューヨーク・マンハッタン、往年の大女優ジョディ・サリナスが死に際に明かした過去の事件。その事件を追ってコロンビア大学助教授御手洗潔が推理を繰り広げる。
以下ネタばれも含む
本作の特徴は何といっても事件の舞台となるマンハッタンの高層ビル。そのビルの中で当時ブロードウェーイで活躍中であった女優やプロデューサーが謎の死を遂げていく。捜査線上にのぼった女優のジョディ・サリナスだったが彼女には崩しがたいアリバイがあった。大停電があった最中に殺されたプロデューサーはビルの一階の事務所に容疑者のサリナスは34階の部屋に、しかもエレベーターは停電で止まっており到底15分間で殺すことはできない。しかし、彼女が死に際に告白した内容は自分が彼を撃ったというものだった。このトリックがこの作品の根幹にあり、読者を悩ませることになる。
私が島田荘司氏の作品でいつも感じるのがリサーチの量の多さ、そしてそれが作品に活かされているところだ。この作品でもマンハッタンという都市、また高層ビルへの知見といったものが随所に盛り込まれている。推理物としてよりもそういったものの歴史物語を思わせる。
トリックに関してはビルの構造的な問題よりかは発明の歴史による謎の開示を感じさせられ、知らなきゃわかんねーとも感じるが、比較的若い都市であるマンハッタン、その中で競うように建造されてきた高層ビル群と電気やエレベーターといった発明の歴史を絡めた発想は相も変わらず素晴らしい。
ただ、作品に用意されたミスディレクションが放置プレーされたまま終わってしまうのでその点で物足りなさを感じさせられるかもしれない。
作品は御手洗潔のニューヨーク時代を描いた作品になるが、このシリーズを未読の方は私個人としては『斜め屋敷の謎』から読み進めることをお勧めします。
- 作者: 島田荘司
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/05/30
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